AI時代のクリティカルシンキング——賢さより必要な「疑う癖」
#AI#クリティカルシンキング#批判的思考#確証バイアス#AIアライメント
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ピーター・ティールの問いから考えるクリティカルシンキングとは
「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」 2014年、投資家ピーター・ティールが著書『ゼロ・トゥ・ワン』の書き出しに置いた問いです。
ほとんどの人はAを信じている、だが真実はAの逆だ——この形をしていれば良い答え、していなければ凡庸な答え。
実際、返ってくる答えの大半は凡庸だとティールは書きます。 教育制度は壊れている。アメリカは特別な国だ。 どれも、すでに大多数の側に立っているだけだからです。
ティールは、この問いが難しい理由を二つ挙げています。 まず、知的に難しい。 学校で教わる知識は、定義上、みんなが賛成した知識です。 僕たちは、賛成の外にある考えを扱う練習を、そもそも積んでいない。
そして、心理的に難しい。 答えるには、不人気だと自分でわかっていることを、口に出さなければならない。 すぐれた思考は稀だが、勇気は天才よりもさらに不足している——ティールはそう続けます。
この問いに答えるために必要な力が、クリティカルシンキングです。 日本語に訳すと「批判的思考」。この訳語は多くの方を誤解させます。 相手の意見を批判しろという意味ではありません。 現在の常識、ひいては自分自身の見解を、改めて見直す力のことです。
これは逆張りのことではありません。多数派や常識はたいてい正しい。 だからこそ、今の社会は成立しています。
それでも、大多数が気づいていないだけで、少数が正しい場所——パラドクスは、確かにあります。 ただ、それに気づくのが難しい。
この思考は、頭の良さや学力で代行されないからです。 人間にはIQの高さや学力では防げない、考え方の癖があり、それがパラドクスを見えなくしています。
では、まず一つ、僕が見つけた「賛成する人がほとんどいないけれど、大切な真実」をお伝えします。
IQや学力では防げないマイサイド・バイアス

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」 ティールに聞かれたら、今の僕ならこう答えます。 「人間に足りないのは、賢さではなく、賢さの使い方だ。」 「人間は十分に賢い。ただその賢さを自在に使いこなすことができていない。」
世間でよく聞く通説があります。 IQや学歴なんて社会に出たら何の関係もない。 これは概ね正しいのですが、中身を正確に理解したい。
子ども時代の知能テストの点数と、大人になってからの収入の相関が弱いのは事実です。 ただ、その計測はどの年齢で見るかで変わります。 IQと収入の相関は、20代前半ではほぼ見えず、30代の後半に向けて年々強くなります。 30代後半における相関係数は0.31。 0.31は、収入のばらつきのうち、IQで説明できるのは10%程度であることを意味します。 裏を返せば、残りの90%は、IQでは説明できません。
数学や科学の研究のような、賢さがそのまま成果になる領域も、確かにあります。 ただ、それは限られた一部の領域です。 多くの領域で、成功に寄与しているのは、賢さの程度よりも、その賢さを自分が扱えているかどうか。こちらのほうが、はるかに大きい。
事故のとき、相手を死なせる確率が普通の車の8倍——そんな危険な車があるとします。 アメリカの学生に、この車はドイツ車で、走るのはアメリカの道路だと説明すると、販売禁止に賛成した学生は78.4%。 同じ数字のままアメリカ車に変えて、走るのはドイツの道路だとすると、賛成は51.4%。 危険の中身は全く変わっていないのに、自分の国の側かどうかで、判定が27ポイント動きました。
自分の置かれた立場に甘くなる思考の癖は、マイサイド・バイアスと呼ばれます。 そして、このバイアスはIQでも学力でも克服できない。
心理学の実験があります。458人を対象にこのズレを測り、学力テストの上位群と下位群で大きさを比べました。 ところが差は、見つかりません。自分の側への甘さは、ほとんど同じ大きさで現れました。
確かに賢い人ほど免れられるバイアスもあります。 合理的な判断の多くは、IQと相関している。
ただ、マイサイド・バイアスのように無相関のバイアスもいくつもある。 IQが収入に対しても10%程度しか寄与していないことも僕にとっては自然に感じます。
AIの開発現場では、モデルの能力を上げる仕事とは別に、アライメントを研究する専門の部署があります。 賢くしたAIを、人間にとって正しい在り方で振る舞わせるという研究です。 能力の研究が進むほど、モデルの振る舞い方の課題は重要になってきます。
そして、これは人間にも当てはまります。 取り決めをしようとしていたのに、言い争いになってしまったときのことを思い出してください。 相手の話を聞いている間も、頭はフル回転しています。 ただ、考えているのは「どちらが正しいか」ではなく、「どう言い返すか」。 考える力は全力で働いています。 ところが考えている目的が、問題の解決のためではなく、相手を言い負かすことにすり替わっている。 しかも、すり替わった瞬間に当人たちは気づけません。
車の実験の学生たちも、同じです。 危険かどうかを判定しているつもりで、その賢さは、自分の国を守るために働いていた。
人間の思考の目的は、知らないうちにすり替わってしまうのです。 「賢さ」は自在に使えるわけではない。
どれだけうまく考えられるかは、賢さの問題。 いま何のために考えているかは、自分からはほとんど認識できない別の問題です。 要は、人間も自分自身のアライメントがうまくいってない可能性がある。
クリティカルシンキングは素質ではなく「疑う行動」で身につく
成功に寄与する要因は様々ですが、少なくとも賢さの寄与度は低い。 思考力という素質以上に、その賢さをどう使うかという行動で決まる。 それを最大規模で示した、政治予測のトーナメントがあります。
半年以内に、ある国で政変が起きるか。ある条約は年内に批准されるか。199の問いに確率で答える勝負です。 2年間でのべ15万件を超える予測が集まりました。 このトーナメントの特徴は、予測を修正することが許容されていたこと。 アメリカの情報機関の研究部門・IARPAが主催し、心理学者のフィリップ・テトロックとバーバラ・メラーズが率いた研究です。
743人の予測者を分析すると、成績と最も強く結びついていたのは、IQではありませんでした。 相関係数で見ると、IQでは0.23。 予測を修正した回数では、0.49。 新しい情報が出るたびに、確率を修正し直した回数という意味です。 トーナメント成績との結びつきは、この地味な行動のほうが、素質より強かった。
これは、自分が間違っている可能性を積極的に探しにいくという探索が、成績を最もよく分けていたことを意味します。 その傾向の強い人は、集めた証拠が持論と合わなければ、再度考え直す行動をとっていた。
人間は一度選んだ自分の立場に甘くなります。 そして賢さでは、このマイサイド・バイアスを防げません。
この思考の癖に対抗する手段が、発想の癖です。 「ん?待てよ。」と疑う癖。 この発想の癖こそが、クリティカルシンキング。 その一瞬だけ、人は、何のために考えるかを自分で選んでいます。 バイアスで閉ざされた領域に対しても、自身の思考を改めて展開することができます。
そして、クリティカルシンキングは後天的に身につけられる。 研究では、座学としての授業は確かに効果がありました。 ただ、効果の平均は中程度にとどまり、教室で覚えたことは、場面が変わると使われにくいことも分かっています。
より効果があるのは、対話があり、本物の課題に埋め込まれ、繰り返し求められる、現場での学びでした。クリティカルシンキングは、知識や賢さではなく、発想の癖をつけることだからです。
よく考えると、賢さは、使いたい場面でいつでも展開できるわけではありません。 例えば、思い切りつねられた瞬間、人は痛いとしか思えない。「なんで今痛いんだろう?」と立ち止まって、客観的に考えられるわけではない。つねられながら、フェルマーの最終定理を考え始める人間もいない。どれだけ賢かったとしてもです。 これは生体反応であり、理性による思考に優先されます。 人間は、自分の賢さを自在に展開できるわけではないのです。
同様に、自分が今どの問題について考えているかは、意識しなければ気づけない。全体のための答えを出しているつもりで、いつの間にか、目の前の一部にだけ都合のいい答えを出している。
ゆえに、賢さを結果に結びつけられるかを決めるのは、賢さの程度以上に、「ん?」と立ち止まれる発想の癖があるかどうかです。
『ゼロ・トゥ・ワン』と生成AI——合意の外に価値が生まれる理由
ティールはもとよりベンチャー企業への投資家です。 重要であるにもかかわらず、まだ合意されていない真実からしか、価値は生まれない——『ゼロ・トゥ・ワン』の中心命題です。
なぜ、合意済みの真実からは価値が生まれないのでしょうか。 みんなが賛成した答えは、みんなが知っているし、使えるからです。 誰でも取れる答えから作れるものは、誰にでも作れる。だから、すぐに過剰な競争を生む。
そして、競争は必ず参加したすべての会社から利益を削っていきます。 同じ条件で同じものを作れる会社同士が競い合う市場は「完全競争」と呼ばれます。 完全競争の世界では、理論上、各々の会社に残る利益はゼロになる。 現実に完全競争の状態が起こることはあり得ないのですが、少なくとも競争という現象は、会社単位で見ると、必ず利益を減らします。
だからティールの投資条件の一つは、競争しない会社であることです。 競争しない会社は、大多数に合意されない真実を持つ会社からしか生まれません。
皆が意味が無いと思っている分野には、しばらく競争が起きない。その間に、市場の独占を作れば良い。 ティール自身が、創業当時のFacebookやSpaceXに投資した時のように。
新しい価値——0から1——を作るには、合意の外へ出るしかない。 書名の『ゼロ・トゥ・ワン』は、この一歩のことです。
僕自身は、以前の会社を創業するだいぶ前に、この『ゼロ・トゥ・ワン』を読んでいました。 ゆえに創業の前から、「大多数に合意されない真実」を探していた。
僕が創業したのは自己資金30万円で始めた、教育事業でした。 僕には、その時、パラドクスになっている真実への確信がありました。 「授業頻度と成績が逆相関する」という命題です。
大多数は、今も合意しないでしょう。それでも、これは僕にとって、壊しに行って、壊れなかった真実でした。 この自社株への投資は、8年後に900倍のリターンとなって返ってきました。
現代は、生成AIの全盛です。 合意済みの答えの市場は、ほぼ完全競争になりました。 AIが返すのは、人類がすでに文章にして、おおむね賛成し終えた答えだからです。 だから、AIに相談しても、投資に値するビジネスアイディアは出てきません。 ティールの命題は、AI時代に、より強力になっています。
確証バイアス——合意の外にある「信じたい間違い」

合意の外には2種類の情報があります。 まだ合意されていない真実と、信じたい間違いです。 これを見分けるのは結構難しい。 どちらも「大多数は賛成しないけれど、自分には確かだと思える」からです。
この間違いを量産しているのが、マイサイド・バイアスとは別の、もう一つの厄介な癖です。 自分の信じたいことを、真実だと思い込んでしまう——「確証バイアス」です。 根拠を見てから結論を選ぶのではなく、先に望む結論があり、それに合う根拠ばかりを集めてしまう。 第一章のマイサイド・バイアスが、賢さの使い方を自身の立場へ寄せる癖なら、確証バイアスは、賢さを信じたい結論へ寄せる癖です。
心理学の実験があります。 参加者は、一緒に作業する相手が、どれくらい賢いかを見極めます。 相手は、わざと感じの悪い人物。 手元には、その相手が知能テストの問題に正解したか、間違えたかが、1枚ずつ書かれたカードの束。 何枚めくってもいい。「もう判断できる」と思ったところで、やめていい。 相手の不正解が続き、賢くないと結論できるときは、平均6.6枚。 相手の正解が続き、賢いと認めるしかないときは、平均9.1枚までめくり続けた。 欲しい結論なら、少しの証拠で納得する。欲しくない結論には、もっと証拠を要求する。 証拠の合格ラインが、結論の好みで動いていたのです。 心理学者のピーター・ディットーとデイヴィッド・ロペスの実験です。
誤解されやすいですが、逆張りをすれば、合意の外の真実に立てるわけではありません。 陰謀論は、多数派への逆張りとして観測されますが、中身は確証バイアスの現れでしかない。 自説に都合のいい証拠ばかりを集め、反対の証拠を探しに行かない。 むしろクリティカルシンキングの弱さを示しています。
実は、科学自体も、同じ結論に達しています。 2015年、心理学の有名な研究100件を再実験したところ、元の研究の97%で出ていた「効果あり」のうち、再現できたのは36%でした。 科学者であっても、自分の仮説が正しいという望む結論の側へ、無意識に採点基準が動いていたのです。 個人の意識だけでは防げないため、結果を知る前に、分析の手順を登録させる事前登録の手続きを作っています。 賢さの代名詞である科学者でさえ、信じたい側へ流れる癖は防げない。
AI時代のアライメント——自分の賢さを何のために使うか

AIの利用でクリティカルシンキングが身につけられるわけではありません。
AIへの信頼が高い人ほど、クリティカルシンキングの発生が減っている。 発生が減った人は、仕事が楽になったと感じていました。 反対に、クリティカルシンキングが発生している人は、考える労力をその分だけ余計に払ったと感じています。 マイクロソフトリサーチとカーネギーメロン大学が、知識労働者319人にAIを使った仕事の実例を出してもらった調査です。
考えないことが、快適さにつながるユーザーが多数派です。 一方で、疑問を持つ癖のある人は、AIの答えの違和感にいちいち気づいてしまい、そのしんどさを払う。
ただ、これはAIを使うなという話ではありません。 僕は今ではAIしかパートナーがいない一人経営をしています。
壁打ちの相手として、また情報のリサーチとして、AIがなければ、僕はこの頻度で文章を作れません。 一方で、AIに書かせた文章で納得がいったものは一度もない。
そもそも僕にとって、AIは、執筆者ではなく、助手です。 自分の気づけていない論理の矛盾を指摘してくれたり、そもそも自分が知らない分野の一次情報を集めてまとめてくれたり、そういった点では非常に優秀なスタッフになります。
実際には、自分自身で作った文章には必ず複数の穴があります。 書いた当人がそれに当日気づくことはかなり難しい。 第三者が読んだらすぐに気づくようなことでも、書いた当人にだけ気づけない。これは執筆者にだけ心理的盲点が生まれるからです。 これを克服するには、時間や日にちを空けて再読するか、第三者にレビューを頼む以外にやりようがなかった。
ところが、今では、AIがその場である程度の穴を潰してくれます。 まあ、反対に、人間からもAIの穴がボコボコと見えるのですが。 お互いに、何を言ってんの?と思いながらディスカッションしています。
要は、AIで仕事を完結させる想定に立たなければ、クリティカルシンキングが発生しながら知的労働をしたとしても、先の調査のような余計なしんどさは感じない。
もとよりAIとは協働していく発想に立つべきで、何度リライトさせたとしてもAI単独で書けることはありません。AIエージェントをどれだけ高度に組んでも、現状では不可能だと思います。
論理を考えているのは常に人間の頭の方で、AIはやたら高精度なメモ帳のようなもの。リサーチもしてくれるし、ディスカッションもしてくれる。その中で人間が理解し、展開が開けたものだけが、まだ合意されていない真実になり得ます。
結局は、人間の認知負荷が軽くなった分、自分自身に対して、書ける文章の要求水準も上がっている。そういう意味で、人間の知識労働は、一向に解放されていません。
AIは、クリティカルシンキングを保った状態で使えば、品質という観点でも効率という観点でも非常に効果があります。
AIを人間に整合させられるか——このアライメント問題は、世界中のAI研究のテーマです。各国で専門機関が研究を進めています。
一方で、人間の側の僕たちは、自分の目的に対して、自分自身をアライメントできているのかはかなり怪しい。
会社にいれば、就業規則や上司から、社員としてアライメントされます。 義務教育でも、躾としてアライメントされます。 ただ、自分が何のために賢さを向けているかを、合わせ直すことは、誰もやってくれません。 そして、目的はいつの間にかすり替わってしまうものでした。そのことを本人は認識できない。見えないまま、すり替えられた目的に向かって、賢さは全力で働いてしまう。
だから、人間に必要なのは、賢さの上乗せではなく、自分をアライメントすることです。 その方法が、クリティカルシンキングという発想の癖です。 自分の賢さがいま何のために働いているかを、「ん?」と捉え直す癖。 そして、その「ん?」の一瞬だけ、人は、何のために考えるかを自分で選んでいます。
ティールに会ったら、こう答えます。 「人間に足りないのは、賢さではなく、賢さの使い方です。人間は十分に賢い。ただ、自分が何のために賢さを費やしているかが、見えていない。だから、賢さを増やすより先に、それを疑う癖を身につけたい。」
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