AGIは来ない?GPT-5.6とClaude Fable 5から見えるLLMの限界
#AGI#生成AI#LLM#ディープラーニング#AlphaGo#ChatGPT#Claude
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序章 word2vecで言葉の意味が算術になった日
「王」から「男」を引いて、「女」を足すと、「女王」になります。
2013年、Googleの研究者トマーシュ・ミコロフのチームが、word2vecという手法を公開しました。単語を、数百個の数字の列に変換する仕組みです。「王」の数字の列から「男」の列を引いて「女」の列を足すと、結果は「女王」の列とほぼ一致した。意味が、初めて算術になった日です。
それから13年。2026年7月9日、OpenAIがGPT-5.6を公開しました。Anthropicの最上位モデルはClaude Fable 5。僕はこの二つを、毎日、動画制作にもプログラミングにも、リサーチにも使っています。 とんでもない性能で、革命的に凄い。
それでも、使い込むほどに固まっていく、逆の実感があります。 この機械は、何でもできる方向へは進んでいない。 得意なことが、さらに得意になっているだけだ。
OpenAIとAnthropicのIPOの予定が報道されています。 生成AIの能力でほとんどの仕事をしている僕は、どちらの株式も持ちたいとは思っていません。 短期的な値動きは予想できませんが、市場がつけている価値と、僕の見立てる価値の乖離が大きい。
LLM、つまり生成AIは、おそらく知能を発明していない。 人類が言語に貯めてきた意味を、計算できるようにした機械。それ以上でもそれ以下でもない。 質問の意図と、必要な概念を理解して、正解の可能性が極めて高い答えを返してくれる。 それはその通りだ、すごい機能だと感じています。
ですが、それだけ。 LLMとは、つまるところ「言葉」を「ディープラーニング」した、言語の分野特化型AIである可能性が高い。 そして、言葉というツールの元来の汎用性ゆえに、汎用人工知能のように見えているだけ。
人間やAGIのように、答えのまだ用意されていない問題に、向き合える汎用の知能は、この延長線の先には来ない。
僕は、AGIが来ない未来にベットしています。
上記は僕の意見ですが、下記は事実としてお伝えします。 この10年、各分野で人間を圧倒したAIは、LLMの生成AIではありませんでした。 一つ残らず、言語以外で学習した分野特化型AIです。
では、AGIのこない未来について解像度を上げていきましょう。
第一章 生成AIが進化してもAGIが遠ざかる理由
僕たちは生成AIの未来を、人類を滅ぼすAGIか、導くAGIかの二項対立で捉えてしまいがちです。 来年か10年後かの議論はあっても、AGIとシンギュラリティは既定路線として世界が動いている。 織り込んでいなければ説明のつかない額の投資が集まり、止まる気配もありません。
ただ、歴史上のイノベーションは、まず過剰な期待から始まります。 実力より先に期待だけが突出し、天井に達して、はじけて谷に落ちる。 本物の実需は、そこからじわじわと価値を生んでいく。 調査会社ガートナーが、ハイプ・サイクルと名付けた5段階の曲線です。
生成AIが価値を生むことに異論はありません。 でも、その価値はおそらく、AGIになる類の性質ではない。 得意な領域で、得意な方法で、価値を創造していくことです。
世界で一番成功した人たちが揃って言うのだから、正しいだろう。人間は、このバイアスを生来的に持っています。事業の大成功や、天才という評判——その圧倒的な評価が、未来を当てる力という別の能力にまで及んで見える。心理学者エドワード・ソーンダイクが1920年に、ハロー効果と名付けました。
実際、その手の予想は当たってきませんでした。約20年かけて専門家およそ300人から数万件の予測を集めた研究があります。平均的な専門家の的中率は、未来はこれまで通り、と答え続けた場合とほぼ同じ。ダーツを投げるチンパンジー並み、と要約されました。一番の発見は、有名な専門家ほど当たらなかったこと。 メディアが歯切れよく断言する人を選ぶからでしょう。知名度と的中率は逆相関。天才も大富豪も、未来を言い当てる能力はない。心理学者フィリップ・テトロックの研究です。
フェアに言うと、僕のこの予想も例外ではありません。 まあ天才でも大富豪でもありませんが。
僕も、AIは人類最後の発明になると、LLMの黎明期は思っていました。 でも、使うほど、モデルが賢くなるほど、その蓋然性が損なわれていく。 LLMの仕組みも、人類史も、それを裏付ける。
AIバブルは、ハイプ・サイクルの過剰な期待になっている。僕の見解です。 ドットコムバブルも、仮想通貨バブルもそうでした。 今では信じられませんが、2020年前後には、イーサリアムとスマートコントラクトが金融の全てを置き換えるとまで言われていました。
もちろん生成AIの進化は本物です。 ただし、深くなる進化であって、汎用に広がる進化ではない。 GPT-5.6の公開でOpenAI自身が前面に出したのは、新しい知性ではなく、日常タスクでの信頼性と、トークン消費を54%減らした効率でした。安定と効率。道具が成熟するときの、通常の進化です。
元OpenAIの研究者アンドレイ・カルパシーは、生成AIの不揃いな賢さをjagged intelligence——ギザギザの知能——と名付けました。数学オリンピックの問題を解けるモデルが、子供でも分かる状況判断を間違えます。
ChatGPTの土台を築いた研究者イリヤ・サツケバーは、2024年12月の学会NeurIPSで、インターネットの文章を読み尽くす事前学習はやがて終わる、データはAIの化石燃料なのだと語りました。 Metaのチーフサイエンティストだったヤン・ルカンは、LLM——大規模言語モデル——ではAGIに至らないと公言して同社を離れ、別路線の研究所AMI Labsを立ち上げました。
進化は続いています。線形に、着実に、同じ向きへ。 問題は、その向きです。
第二章 LLMの知能は言語の力である
LLMのAIが何でもできるように見える力の出どころは、AIというより、言語というツールの力である可能性が高い。
単語の意味は、どこにあるのでしょうか? 辞書の定義文ではありません。その単語がどんな単語と並んで使われるか——使われ方のパターンが、意味の正体です。「王」と「女王」は、即位する、国を治める、といった似た並びに現れる。だから、意味が近い。言語学で分布仮説と呼ばれてきた考え方です。 word2vecは、この使われ方のパターンを、単語ごとに数百個の数字へ圧縮する仕組みでした。似た使われ方の単語ほど、数字の列も似る。この数字の列が、言語の体系の中の、その単語の位置——座標です。序章の、「王」から「男」を引いて「女」を足す計算。あの意味の足し算引き算は、この座標の上で動いていたのです。
この数百個の数字は、人間が決めた値ではありません。機械が、自分で見つけた値です。 最初は、でたらめな値です。機械に問題を解かせ、答え合わせのたびに、正解に近づく向きへ数字を少しずつ動かす。この調整を膨大な回数繰り返すと、でたらめだった数字が、正解を出せる数字に変わっていく。人間が知識を書き込むのではなく、機械が答え合わせから学ぶ。この計算は、脳の神経回路を模していて、層を何段も深く重ねます。ディープラーニングという名前は、この層の深さから来ています。

このディープラーニングを言語で回すために組まれたのが、LLMの基盤、トランスフォーマーです。単語ごとだった座標の計算を文章全体に広げ、文脈ごと意味を数値化する。学ばせ方はディープラーニング、計算の作りがトランスフォーマー。ChatGPTも、GPT-5.6も、Claude Fable 5も、この基盤の上にあります。
LLMの賢さは、人類が言語に書き残してきた知識の体系を、入力ごとに計算して出力できることにある。 間違いなく、とんでもないイノベーションです。 ただ、新しい知能が造られたわけではない。ものすごく目新しい計算機です。
言語は、人類最古の汎用技術です。狩りの相談にも量子力学にも、ラブレターにも使えるよう磨かれてきた。 その道具を丸ごと学ばせたのが、いまのLLM。 汎用性は、LLMのAIの性質ではなく、むしろ言語の性質。
LLMのAIが賢いことは疑いようがない。 ただ、賢さという尺度は単一の指標ではありません。 状況ごとに、分野ごとに、あり方の変わるもの。 人間の賢さがそうであるように。
第三章 人間は言語がなくても思考できる
人間の脳にとって、言語と思考は、別のアルゴリズムです。
脳には言語処理に選択的に反応するネットワークがあり、文章を読めば活動します。ところが、論理パズルを解くとき、暗算するとき、他人の気持ちを推し量るとき、この言語ネットワークはほぼ沈黙する。MITの神経科学者エヴェリーナ・フェドレンコらは、20年近くこの分離を測り続けてきました。
失語症の研究ではっきりします。脳卒中などで言語をほぼ完全に失った人が、チェスを指し、計算を解き、原因と結果を推論し、人間関係を理解して立ち回ります。言葉を失っても、思考は残る。
この知見を生成AIに当てはめた論文があります。文法や言い回しを正しく組み立てる力が、形式的な言語能力。推論し、世界の知識を使い、相手の意図を汲んで目的を果たす力が、機能的言語能力。フェドレンコらの2024年の研究です。 当時のLLMの評価は、前者がほぼ完璧で、後者が不揃い。モデルが世代を重ねた2026年現在も、この非対称は消えていません。凄いのに何かが足りない、という僕たちの直感は、この非対称の検出です。
現在の言語をディープラーニングしたLLMのAIは、10年前の分野特化型AIに、まるで歯が立たない。
LLMは全方位に進化しているどころか、それらの領域では圧倒的に退化している。
第四章 AlphaGoなど人間を超えたAIは言語の外で学んだ
人間を最も圧倒したAIは、生成AIではありません。 十年以上前からある、元来のディープラーニングの、分野特化型AIです。 それらは一つ残らず、言語の外で学んでいます。
2016年3月、ソウル。DeepMindの囲碁AI、AlphaGoが、世界最強級の棋士イ・セドルを4勝1敗で下しました。第2局の37手目は定石の外の一手で、解説者が入力ミスを疑いましたが、のちに定石のほうが書き換わりました。
AlphaGoは、プロの棋譜を手本に基礎を学び、その先は自分自身との対局で強くなりました。 ところが、翌2017年のAlphaGo Zeroに与えられたのは、盤のルールと、勝ったか負けたかの答えだけ。ゼロから自己対局を数百万局重ね、イ・セドルに勝ったAlphaGoを100勝0敗で圧倒しました。人間の棋譜は、必要ですらなかったのです。
2020年、同じDeepMindのAlphaFoldが、タンパク質の立体構造予測の国際評価CASP14で、50年来の難問を事実上解いたと認められます。2023年のGraphCastは、大気の観測データから学び、欧州中期予報センターの物理予報を多くの指標で上回りました。盤面、分子、大気。どれも言語ではありません。 人間を圧倒した分野特化型AIは、機械だけで答え合わせを無制限に繰り返せる環境で、強くなり続けてきました。

LLMの生成AIには、知識の総量なら、人類の誰一人勝てないでしょう。ただしそれは、Googleが世界中の文書を検索できるようにした時から、人間単体の知識ではWEB検索に勝てないのと同じ。答えているのは、モデルの背後にある、言語で書き残されたインターネットの記録です。
その記録を、生成AIはディープラーニングで学んでいます。AlphaGoとも、AlphaFoldとも、GraphCastとも、違うのは学んだ分野だけです。
同じディープラーニングなら、何の特化型になるかは、何を学ばせたかで決まります。盤面と勝敗なら、囲碁の特化型。アミノ酸の配列と構造なら、タンパク質の特化型。文章は、次の語を隠すだけで、答え合わせのできる問題に変わります。人類が書き残してきた記録の全体が、巨大な問題集になった。これが、言葉を学ばせたディープラーニング、LLMの生成AIです。
画像や音声、動画を足したマルチモーダル学習も、この構図の中にあります。動画も細かな断片に刻まれ、記録の続き当てとして学ばれる。学ぶ相手は、カメラの前の現実ではなく、人間が撮って残した記録。この答え合わせが測るのは、記録のとおりに続けられたかだけで、正しいか、うまくいくかは測っていません。形が完璧で機能が不揃いな非対称は、この採点の形に由来します。
LLMのAIは、知識以外では、分野特化型AIほど人間を突き放した領域はありません。 最も進んでいて、ほとんどの人類より優れているのが数学とプログラミングです。 世界トップの専門家に迫り、部分的に超え始めています。分野特化型のAIは世界最強の人類と100万回勝負して100万回勝てる実力なので、数学やプログラミングだとしても人類最強とClaude Fable 5であれば、まだ人間最強の勝算が高い。
LLMを言語を学んだ特化型AIだと考えるなら、自然なことです。
プログラミング言語は、名前の通り言語です。数学もまた、記号と文法で意味を運ぶ、広い意味での言語。規則に従って記号を操る体系と見る立場には、数学者ダフィット・ヒルベルト以来の系譜があります。
この二つはどちらも、答え合わせが記号の中で完結します。小説や交渉の言葉は、うまくいったかの答えが現実の側にありますが、証明は検証プログラムで、コードはテストで、書かれたものだけから正誤が出る。 人間の手本なしの機械学習——AlphaGo Zeroの学び方が、言語の中ではこの領域だけで成立します。数学とプログラミングは、生成AIにとって、特化型AI化している領域なのです。
そう考えると、LLMの生成AIは、汎用のAIではありません。言語の、分野特化型AIです。 盤面を学んで囲碁の特化型になったのと、同じ作られ方。画像や音声を足しても、束ねる座標も、考える形式も、言語のままです。
そして、言語というツール自体に汎用性がある。 だから僕たちは、言語の特化型AIを汎用知能の到来だと錯覚している。
それでも、LLMのAIには苦手な分野、あるいはできるフリをしている分野が、はっきりあります。この企画は面白いか。この交渉は成功だったか。この人を信じていいか。正解を先に定義できない、開かれた領域です。 ここでは機械だけで答え合わせができず、自習が回りません。 得意な分野だけが伸びているという実感の背景は、ここにあります。 LLMも同じディープラーニングである以上、得意な分野は、機械が自分自身で答え合わせのできる分野に限られます。
10年前の物語では、汎用のAIがやがて特化型のAIを吸収するはずでした。現実は逆で、生成AIは特化型AIに全く歯が立たず、特化型AIが圧倒したはずの人間の専門家にすら勝てません。
だからLLMは、検索を呼び出し、計算を数式処理に投げ、コードを実行環境で走らせ、特化型AIを道具として使っている。いま僕たちがAIと呼ぶものは、言語モデルと、答え合わせつきの特化計算と、道具の複合体です。
ならば、道具込みのAIは、何でもできるようになるのでしょうか? これもおそらくならないでしょう。道具自体が、LLM以上に狭い領域に閉じた、より原始的なプログラムだからです。実行環境も、数式処理も、検索も、どれも人間の知能の全体をカバーし得ません。
企画の良し悪しに、交渉の現場感に、文章の興味深さに、答えを返す道具はありません。 機械学習には、ほぼ無料で、際限なく繰り返せる答え合わせが必要とされます。 盤面は何百万局でも打ち直せますが、現場感や面白さなどは、シミュレーション上で再演できませんし、定義自体が曖昧です。 シミュレーションで無制限の答え合わせができない領域の進化は、極めて限定的になると考えるのが自然でしょう。
第五章 LLMの認知構造には越えられない限界がある
犬は、どれだけ訓練しても微積分に届きません。 認知構造に、極限や導関数を形にする部品が無いからです。

人間の脳も、完璧ではありません。 淘汰圧をたまたま勝ち抜いただけの脳機能に、宇宙のあらゆる問いへ答えを出せる可能性の方が低い。つまり人間には、脳の構造上、解けない問題があるかもしれない。認知的閉鎖と呼ばれる仮説で、哲学者コリン・マッギンが1989年の論文で提唱しました。以降、言語では伝達できない知識があるという、記述的閉鎖にまで踏み込んでいます。
人間の言語から学んだLLMのAIは、その限界を上限ごと相続している可能性が高い。加えて、人間の概念が届かなかった領域は、言語に書かれてすらいない。
自転車の乗り方を、僕たちは言葉だけで子供に渡せません。職人の手の感覚も、交渉の間合いも、記録されないまま消えていきます。言語資産は、人類の知の写しではなく、言語化に成功し、書き残された部分だけの写しです。認知的閉鎖は、その分だけさらに強固になります。
ルカンは、人間の知識の大半はそもそも言語化されていないと指摘し、LLMは人間級の知能への本道ではなく、行き止まる脇道なのだと言います。 サツケバーもルカンも、言語の知の資源が掘り尽くされつつあると示唆しています。
20世紀半ば、数学者たちへの聞き取りで、多くの回答者が、発見の瞬間に言葉はほとんど働いていないと答えました。回答者の一人アインシュタインも、思考の中で言葉はまず役割を果たさない、という趣旨を書き送っています。数学者ジャック・アダマールの研究です。 人間の数学では、そもそも言葉になる前に、すでに方針が発見されている可能性が高い。 LLMが学べるのは、言葉になったあとの記録だけです。
そこで新たに開かれたのが、映像と行動から世界の仕組みそのものを学ぶ、世界モデルの研究です。 ロボットの身体で世界に触れる。シミュレーションで、現実からの答え合わせを浴びる。学び方をより汎用の系に持ち込む研究は、すでに進んでいます。 AIがAI研究を自動化して、発明の速度を変える可能性もあります。
ただ、この新しい道にも、答え合わせという条件がかかります。 特化型AIの速度で機械学習が回るのは、世界をシミュレーションに置き換えられた領域だけ。置き換えられない部分は、現実で確かめるしかない。現実の答え合わせは遅く、一回ごとに高くつき、多くの場面で再演できません。
もしかすると、いずれかの研究がAGIに至るのかもしれないし、そうでないかもしれない。誰もまだ確証できていない、それだけが事実です。 少なくとも現在の技術的進化の延長では、AGIに至らない可能性が高いと僕には思える。
もしAGIを作るとしたら、OpenAIでもAnthropicでもGoogleでもなく、別のイノベーションを作れた、未来のスタートアップかもしれない。
終章 AGIが来ない未来に人間の仕事はどう変わるか
AGIの来ない未来は、イノベーションのない未来なのでしょうか? もちろん、そんなことはありません。
いまのLLMのAIは、本体と外部ツールの複合体としてプロダクト化されています。言語モデルが言語処理を、特化計算が精度を、道具が実行を受け持つ。 それらはAIエージェントとなり、人間が担っていた仕事を、どんどん高度なタスクまで任せられるようになるでしょう。 フィジカルAIの登場も控えており、家事や労働を担ってくれる未来も現実的です。

ただ、それらはあくまでタスクを任せているに過ぎない。 現実世界では、AIだけで完結しない領域はあまりに膨大です。 生成AI、AIエージェント、フィジカルAIと人間は、結局は共同せざるを得ない。
人間が受け持つのは、着眼する領域や面白さを感じる領域など。 まだ答えのない問いが、丸ごと人間の手元に残っています。 物理の現場でも、人との関係でも、エンターテイメントでも同じです。
もう一つ、結果を引き受ける判断。 AIは自身の結果に責任を取れません。 経営者がそうです。社員のミスでも、会社のミスである以上、究極的には経営者が引き受けるしかない。 AIを利用するなら、その結果は一人ひとりが自分の結果として引き受けるしかない。ある意味、AIを使う人類全員が、管理職になる。
AGIが来ない前提の設計図は、ここから始まります。答えを先に定義できて、機械だけで答え合わせを繰り返せる仕事は、AIへ渡す。何を問うか。何を良しとするか。結果を誰が引き受けるか。この三つは、人間が持つ。人間を消してから設計を始めるのではなく、人間の受け持ちから設計を始める。単位は、人間対AIではなく、人間とAIの複合体です。
シミュレーションの中でディープラーニングできる領域は、これからも計算機が圧倒していきます。一方で、決めること、面白がること、興味を持つこと、引き受けること、触れること、縁を感じること、ペットを愛すること。答え合わせの立たない仕事が、人間に残ります。
AGIなき未来は、これまで通りいくつものイノベーションと人間が共同していく社会だと予想します。
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