Claude Fable 5とは?AGI時代に人間が価値を残す「正しい負け方」

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暗い高機能な部屋で青白く光る一枚のスクリーン(Claude Fable 5解禁のイメージ)

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Claude Fable5とAGIの差【人類の負け方と共存の話】

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序章 Claude Fable 5の再公開とAGI時代

2026年7月1日。Claude Fable 5が一般公開を再開。現在一般公開されているAIの中で、二回りほど次元の高い最上位モデルです。公開直後に米国家が直接介入し、提供が停止される。異例の出来事を経ての再登場でした。

Fableの再登場で、僕たちはAGIに向かう世界にまた戻ってきました。いわゆるシンギュラリティーに向かう世界。人間の労働価値がなくなり、今学んでいるスキルも技術もAIに置き換えられてしまうであろう世界です。

でも、僕からすると今の世界は可能性の塊に見えます。「負ける」ことは確定している。ただ、その負け方の解像度がまだまだ低い。今日はこの解像度を上げましょう。正しい負け方が見えれば、不安がワクワクに変わります。

第一章 AGI(汎用人工知能)の定義はなぜ曖昧か

Fable 5を触ってみると、はっきり分かります。数学で、コーディングで、知識量で、そしてそれらを統合した作業で、僕らはこのモデルと競争してももう勝負にならない。

将棋には投了という文化があります。負けた側が自ら「負けました」と告げて、対局を終えます。実力のある棋士ほど、美しく投了すると言われます。負けを正しく認める技術は、それ自体が知性なのです。生成AI全盛の時代、僕らにはその技術が必要になります。

現在のAIはAGIに近づいているという説は有力で、疑っている人の方がもはや少ない。2027年登場という予測もあるほどです。ただ僕からすると、AGIらしいものには近づいているけれど、予想していたAGIとは違う方向に進化していると感じます。Fable 5は実際に人智を超えている部分がいくつもありますが、ジェネラルな知性とは全く言えません。今のAIの進化の微分を見ると、AIは人間から職を奪うのではなく、AIは人間と共同していく未来の方が近い。

第二章 AIが人類を圧倒する「知識量」と閉じた系

駒がすべて並べられた将棋盤(閉じた系=完全情報ゲームのイメージ)

いまのAIが人類を圧倒しているのは二つの領域です。「知識量」と「閉じた系」。要素とルールのひとまとまりを「系」と呼びます。大雑把に体系と考えても良いです。そのうち、ルールが固定され、境界がはっきりしていて、外からの不確実性が入ってこないものが、閉じた系です。

例えば、囲碁、将棋、チェスなどは盤面のすべての情報が両者に公開されている完全情報ゲームです。隠された手札も運もない、閉じた系の最も純粋な形です。

これらの領域では現在の生成AI以前に、もとより旧来型の分野特化型のAIが人類を圧倒してきた歴史があります。

2012年、画像認識のコンテストで、ディープラーニングという学習手法が登場しました。当時のAIはまだ言葉を話せなかった分野特化型AIです。実はこれが第三次AIブーム。現在の生成AIは第四次AIブームで、AIブームはたびたび起こっています。

この2012年の時点で、シンギュラリティは真剣に議論され始めていました。というか、不安視され始めていました。当時の特化型AIは、閉じた系で人類を悉く制圧していきます。2016年、AlphaGoが囲碁のトップ棋士イ・セドルを破り、2017年には、将棋ソフトのPonanzaが佐藤天彦名人に2戦全勝しました。

特化型AIがこれらのゲームで圧倒的に強いのは、ゲームのルールが動かないからです。固定されたルールであれば、計算力がそのまま強さに変わる。探索した機械学習の量が、強さになり続けます。

そして現在の生成AI、大規模言語モデルは、ディープラーニングの直系の進化です。人類が蓄えてきたほぼ全てのインターネット上の知識+合成知識をディープラーニングで学習しています。骨格がトランスフォーマーに変わり、次の単語を予測するアルゴリズムに変わりました。ただ、原理は同じ。ならば得意分野も継承しているのが自然で、観測結果の実感もそう感じる。数学と、プログラミング。この二つは閉じた系によく似ています。正解が定義でき、検証が可能で、公理や文法というルールが動かない。

Fable 5が数学とコーディングで人間を置き去りにするのは、偶然ではなく、アルゴリズム上の必然に思えます。近未来において、人類はこの分野で勝ち目がなくなるのは自然な予想でしょう。

ちなみに、閉じた系で最強なのは、いまも旧来型の特化型AIです。将棋AIに、Fable 5は勝てません。それどころかアマチュアの高段者の足元にも及ばない。旧来型の将棋AIの方が、Anthropicの最新AIよりも圧倒的に強いのです。比喩ではなく1万倍以上強い。探索と評価関数に特化したAIは、その系の内側では、汎用AIを必ず上回ります。

ならば、AIの進化は、特化型か汎用型かの二者択一ではなく統合の可能性が高い。大規模言語モデルは司令塔となり、コードを書いて実行し、検索を走らせ、必要なら特化型AIを呼び出す。ハーネスと呼ばれる形です。Fable 5は、長時間の自律実行と、道具立てを自分で組み上げる能力、そして異常な量の知識と推論能力を持っています。汎用型AIが、特化型を従える地盤はすでに完成しています。

第三章 AIがポケモンに苦戦した理由

携帯ゲーム機に映るモンスター収集RPGの世界(AIが手こずったゲームのイメージ)

ところが、AIの系譜には、意外な苦戦の歴史があります。ポケモンです。最先端のモデルにポケモンのゲームを遊ばせる実験が、2025年の初頭に始まりました。これがすごく下手だった。日本の小学生が数十時間でクリアするゲームに、当時の最新モデルが延々と手こずった。序盤の洞窟を抜けるだけで78時間。同じ場所を何日もさまよい、自分が何をしていたのかを見失う。行き詰まると、意図的に全滅して洞窟から脱出する。ここから先に進めないのです。

原因は、当時のAIのメモリ化(記録能力)と、プランニング能力不足。2026年5月、Claude Opusが初代ポケモンをついにクリア。そしてClaude Fable 5になると、約50時間でクリアしています。一年前の迷子が嘘のようです。

ところが、ポケモンカードになると、Claude Fableでさえまだ勝てない。相手の手札が見えないだけでも、計算の質が別物になります。局面を切り分けて解けず、相手の思考の分布まで計算対象になる。だからポーカーの攻略は、囲碁より数年遅れました。それでも2019年には、特化型AIがトッププロに統計的に勝ち越しています。隠れた手札は、時間のかかる壁でしたが、越えられる壁でした。

ポケモンカードの本当の壁は、相手のデッキの構成が予想できないことです。新しいカードが発売されるたびに、強いデッキの定義そのものが書き換わる。ルールの外側の環境が、動き続けてしまう。これが「開いた系」です。閉じた系では、AIが人類を圧倒し、その境界線は年単位で人間を凌駕してくる。

一方、開いた系では、人間の価値が全く損なわれていない。会社の創業、経営、面白い文章の執筆、コピーライティング、ポケモンカードなど。まだまだ人間の方が優れている領域はこんなものではありません。そして今のAIの進化の方向では、それらの領域が侵される気配すら感じない。

第四章 将棋・囲碁に学ぶ「AIに負ける」という知恵

AIに負けた領域は、その後どうなったのでしょうか?

将棋や囲碁の例を見てみると、その価値は全く損なわれませんでした。むしろ世界が急に広がった。AIによって研究に革命が起き、定跡は刷新され続けている。中継画面の評価値は、観戦の面白さを一段引き上げました。プロ制度は健在で、将棋界はむしろブームです。AI同士が対戦する将棋トーナメントもあります。プロ同士の対局より、圧倒的にレベルは上。それでも人気があるのは、圧倒的に人間のプロ棋界です。

理由は単純で、人間はつまるところ「人間」に興味がある。プロ棋士には固有の人格があり、気風があり、その人自身の物語がある。人間は人間の関わり合いが見たい。AI同士の対局は、最強であるにも関わらず、研究資料にはなってもファンはつかない。

チェスの負け方は別の角度から示唆深い例として紹介できます。

チェスにはかつて、人間とAIがタッグを組むアドバンスト・チェスという形式がありました。一時期は、人間とAIが協力して対戦する方が、AI単体より強かった。当時のエンジンは、力任せの探索と、定跡を参照した評価関数で動いていたため、序盤の長期的な構想が弱かった。人間の経験則と大局観が、そこを補っていたのです。将棋においても同じでした。

しかし、その時代は、もうとっくに終わっています。例えば、AIの対局に人間が介入でき、数手だけ指す権利をもらったとしましょう。その場合、人間の最善は「一手も指さない」ことです。人間が一手指すたびに、期待勝率は必ず下がる。人類最強の藤井聡太名人であってもです。チェスや将棋の対局のように、完全に閉じた系では、人間が介入すること自体が悪手になってしまいます。

一方で、境界線の外側は丸ごと人間に残っています。どの勝負をするのかを決めるのも、勝負の楽しさを感じるのも、対局で視聴者を惹きつけるのも人間です。AI時代の理解として、「閉じた系」では、人類はいずれ必ず負ける。そして、人類が負けた領域の価値は消えるとは限らない。人間のプレイヤーとしての価値が見直され、その領域の面白さも再発明されていく。将棋やチェスの例のように。

今まさにFable 5に凌駕されつつあるコーディングの価値は、損なわれたでしょうか?

むしろ「コーディング」という領域をマクロで見ると、参入人口は劇的に増え、新しいAIモデルが出ることをコーディングのために楽しみにしている人類がたくさん現れている。僕もその一人です。どんなアプリを作れるか、どんな付加価値を乗せられるか、世界中の知性がAIの及ぶ力の外側で、ワクワクしながら模索を始めています。コーディングの領域は、再発明されている途中です。

第五章 経営や執筆に埋め込まれた「閉じた系」

実際のところ、世界は、閉じた系、開いた系という二者択一に分けられているわけではありません。開いた系の内側には、たくさんの閉じた系が部品として埋め込まれています。経営は開いた系ですが、経理や在庫の最適化は閉じた系です。執筆は開いた系ですが、文法や構成の型は閉じた系。

AIは開いた系を丸ごと奪うのではなく、その中に埋まっている閉じた領域を、猛烈な速度で削り取っています。

そして人間社会はすでにこの構造になっています。国も会社も部門もチームも家族であっても開いた系です。ところがそれらを支えている、ソフトウェア、OS、通信プロトコル。社会インフラの根幹は、コンピュータ言語という完全に形式的な、閉じた系でできている。開いた系である人間社会は、その実、閉じた系によって維持されています。そして閉じた系はAIが圧倒する分野です。

今回のFable 5の停止劇は、この急所でした。米国家は、AGIでもない現在のAIを、安全保障の問題として扱いました。つまりはAIはAGIでなくとも、閉じた系で人類を圧倒するだけで危険になり得る。

現代戦争も、同じ構造です。戦争そのものは、政治と外交と偶然が絡み合う、開いた系の塊です。ただその中に、閉じた系が部品として埋まっている。戦闘機の機動、ドローンの自律制御、サイバー戦。物理法則やシステムという固定ルールの中の最適化問題です。

2020年にアメリカのDARPAが実施したシミュレーション上の模擬空戦では、AIが経験豊富なF-16のパイロットに5対0で全勝しました。閉じた系では一手も指すな、という原則が、国家安全保障の世界でも冷徹な現実に見えます。

第六章 AI時代は「なりつづける世界」

現在の状況を、10年前に別の角度から描いていた有名な書籍があります。未来は名詞ではなく動詞でやってくる。完成品ではなく、プロセスとしてやってくる。雑誌WIREDの創刊編集長を務めた、ケヴィン・ケリーの予測です。原題は『The Inevitable』。不可避なもの、という意味です。2016年にアメリカで出版され、日本では『〈インターネット〉の次に来るもの』として刊行されました。

この本の12の予測は、すべてing形、進行形で書かれているという特徴があります。Becoming、なっていくこと。Cognifying、賢くなっていくこと。Flowing、流れていくこと。世界は固定した状態から、変化し続けるプロセスへ移行する。僕らは全員が、永遠の初心者であり続けることになる。そして終盤に、Questioningという章が置かれます。

答えの価値は下がり続け、良い問いの価値が上がり続ける。機械が答えを無料にしていくからです。10年後のいま、Fable 5の性能を目の当たりにして、この一行の先見性は見事としか言いようがない。知識はすでにストックではなくフローです。既存の知識や技術を貯金として扱うことはできない。既存の知識であるという時点で、それはAIの土俵なのです。ing形の世界で人間に残るのは、フローの側。変わり続けること、学び続けること、そして、問い続けることだという主張です。

第七章 人間はエントロピーを減らし、問いを立てる

床に割れて散らばったガラスのコップ(エントロピー増大のイメージ)

そもそも知性とは、何をしている装置なのでしょうか?

遠回りして説明させてください。全宇宙を支配する物理法則があります。全ての空間は放っておくと「整った状態」から「散らかった状態」へ必ず移行する。割れたコップは元に戻らず、部屋は勝手に散らかっていく。これは熱力学第二法則、エントロピー増大の法則です。エントロピーとは、この乱雑さの具合、散らかり具合のことです。

ところが、人間の脳は宇宙の物理法則の逆をしています。散らかった情報の中から「これは何か」「次に何が起きるか」を見つけようとする。パターンを見つけ、意味を与え、記憶として整理し、未来を予測する。人間の知性とは、乱雑さ(カオスさ)が増していく時系列の中で、反対に秩序を作り出す装置です。つまり知性を一つの定義として仮置くと、エントロピーを減少させる装置だと言えます。

現在の生成AIは、類似のことを超高速で行っています。次に来る単語予測をするというのが生成AIのアルゴリズムですが、本来その場合の数は極めて甚大で、つまりエントロピーがとても高い状態です。その異常な散らかった状態から、確率分布を計算し、膨大な可能性を、一つの単語へ収束させ文章を紡いでいる。生成AIも詰まるところエントロピーを最小化する装置です。そして、生成AIの作成過程は、予測誤差の最小化として訓練されます。出力結果に、できる限り誤りが含まれないようになっています。別の表現をすると意外性をギリギリまで減らしているとも言えます。

人間の脳も、エントロピー減少装置という意味では同様です。ただしAIとは過程が違います。人間は直線的に予測誤差を最小化しているわけではない。不思議なほど遠回りに減少させます。散歩をし、風呂に入り、雑談をし、失敗し、退屈し、そして眠る。何日も寝かせていた問いが、ある夕方にふいに結晶する。効率の観点では欠陥品のようなこの迂回路が、人間の標準装備です。そしてそれがAIにはない最大の強みでもあります。

ここに、面白さが人間からしか生まれない要因が仮定されます。面白さとは、もとより予測に反する方向へ進みながら、それでも着地し、整合性が保たれること。雑な言い方ですが、面白さは予測誤差から生じていると考えられます。

ところが生成AIは、予測誤差を圧倒的計算スピードで最小化してしまう。有無を言わせないスピードのアルゴリズムです。要は驚きの出力が出ないようにする装置なわけですから、驚きの供給源になることは難しい。AIを使って人間が面白さを出力させることはよくありますが、AI単体から自発的に面白さが出てくることはものすごく考えにくい。

人間は、身体を持ち、気分に振り回され、死を意識し、欲望を抱えています。生物であることそれ自体が、予測誤差を生み続けるノイズの発生源です。

ならば人間とAIの関係は、競争ではなくむしろ補完です。人間は、遠回りをしてノイズだらけだからこそ、面白い問いを生み出します。人間は発散しながら収束に向かう機能を持つ。AIは、問いを与えられた瞬間から予測誤差を超高速で減らす、収束に特化した装置。良い問いは、人間の遠回りの功績です。無駄に思える日常の体験が、長期の記憶やノイズと複雑に絡み合って、問いが生まれる。この問いを持つ力は、まさに開いた系。AIが未だ人間に遥かに及ばない領域です。

そして問いさえあれば、いずれ結論に収束します。AIが持ち前の計算能力で、その収束を強力にレバレッジするでしょう。問いの価値が上がるというのは感情論ではありません。この結論自体が、過去に立てられた問いが、予測誤差の最小化を経て収束した姿だからです。

第八章 AIに「ギュられない」ために好奇心を選ぶ

より長期で見れば、本当のシンギュラリティへ向かう過渡期である可能性はあります。ただ、全領域という意味での特異点はけっこう先に思えます。人間を凌駕し続けている現象は、閉じた系で起こっています。ならば「ギュられる(無価値化される)」ことへの合理的な備えは、遠回りすることです。

スキル取得や勉強という文脈ではなく、好奇心を優先させる。もし勉強が好きな方は、それが好奇心なので何も問題ありません。僕が言いたいのは、イヤイヤやる勉強に意味はないということです。

身体性のある活動を試す。たまたま思いついたことをやってみる。自分の脳と身体の中に、経験と関心を注ぎ込む。意味がある必要はありません。意味がないというのは、今すぐには意味がないように思えるだけだからです。遠回りに思えたとしても、何かを感じたなら試した方がいい。成功するとか失敗するとかの話では全くありません。知覚できる世界を広げることがAI時代においてはずっと価値が高い。

広い抽象度から問いを立てるには、知覚できる世界を広げた方がいい。すると問いが生まれてくるはず。問いが生まれれば脳が時間をかけていくつかの仮説を手繰りよせます。その収束を、AIが強力に支えてくれる。

第九章 AI時代に受験戦争を問い直す

日本の受験戦争、入学試験は、完全情報ゲームです。出題範囲が固定され、正解が一意に定まり、過去問という探索空間が公開されている。これは明らかに「閉じた系」であり、閉じた系はAIに取って代わられる領域です。

子供たちに詰め込みと、忍耐の反復練習を強いて、興味関心と身体性を我慢させてしまっているかもしれない。閉じた系の攻略力を学力と呼び、そこでの序列を競うのは、これからの世界で求められる能力と逆である可能性がある。もちろん、勉強がたまたま好きだった子供は何の問題もありません。パラドクスになりますが、遠回りは善だからです。

終章 AGI時代に正しく投了できるか

これからの時代は投了する(負けを宣言する)時代です。将棋の投了は、敗者が指す最後の一手であり、同時に、次の対局へ向けた最初の一手だと言われます。僕たちは負けます。開いた系の中にある、閉じた系は、これからAIの領域になっていく。ただ、その部品をどう組み、どの勝負に使うのか。開いた系の側は、丸ごと人間に残っています。

また、AIに取って代わられた分野自体が、人間の物語の文脈で再発明される可能性も十分にある。将棋やチェス、ポーカーのように。

要は、変化が起こるということです。誰しもが感じているでしょうが、もう起こってますよね。すでにing(進行形)の世界に入っています。

これからの世界では知識や技能は所有ではなくフローになります。知識も技術も溜めて置けない。溜めて置けないということは、溜めておく必要がないということでもある。興味を持ったタイミングで学びたいことを学び、取得したい技術を取得し、そのタイミングで使っていく。まず投了し、フローの世界を受け入れなければならない。

少なくとも今のAIによって、人間の価値は少しも損なわれていない。変化が起こっているだけです。そして僕たちは、無駄なことをして良い。それが人間にしかできない能力だからです。

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